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東京地方裁判所 平成4年(ワ)6862号 判決

原告

甲野太郎

甲野花子

右二名訴訟代理人弁護士

森井利和

長谷一雄

被告

東京都

右代表者知事

鈴木俊一

右訴訟代理人弁護士

坂井利夫

右指定代理人

村瀬勝元

土田立夫

被告

日伸警備株式会社

右代表者代表取締役

松元順一

右訴訟代理人弁護士

伊藤忠敬

主文

一  被告らは、連帯して、原告らに対し、それぞれ六二五万七四五〇円及び各金員に対する平成元年八月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

一  被告らは、連帯して、原告甲野太郎に対し一六六七万二二三四円及びこれに対する平成元年八月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは、連帯して、原告甲野花子に対し一六六七万二二三四円及びこれに対する平成元年八月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  仮執行宣言

第二  事案の概要

本件は、東京都大田区東海三丁目二番東京都中央卸売市場大田市場(以下「本件市場」という。)の入口通路部分に進入を阻止するためA型バリケード等を置き、鉄製の鎖を張ったため、バイクに乗って進入しようとした甲野一郎(以下「一郎」という。)が死亡した事故(以下「本件事故」という。)に関し、一郎の両親である原告らが、本件事故の発生した通路の管理者である被告東京都に対しては、右通路の管理方法が夜間の道路交通の安全性を顧みない危険なものであるから、右管理方法には瑕疵がある旨主張し、被告東京都から本件通路を含む本件市場の警備業務を委託された被告日伸警備株式会社(以下「被告日伸」という。)に対しては、同社の警備員が右管理方法をとったことが違法である旨主張し、前者については国賠法二条、後者については民法七一五条に基づいて、被告らに対し、損害賠償請求(被告らの共同不法行為を理由とした不真正連帯債務として)をした事案である。

一  争いのない事実等

1  一郎は、平成元年八月七日午後一〇時一五分ころ、以下の事故により、頭・頸部損傷を負い、同日死亡した(甲二)。

(一) 発生場所 東京都大田区東海三丁目二番先本件市場敷地内北門の北方向で、港湾道大井南陸橋の側道の転回路車道から約3.8メートル同市場方面に入った、本件市場敷地内通路のうちの同市場方面に向かう車両専用の通行部分(以下「本件通路」という。)上である。

(二) 被害車  自動二輪車(品川つ一三九八。四〇〇cc。以下「被害車」という。)

(三) 運転者  一郎(昭和四六年一一月二〇日生。事故当時一七歳)

(四) 事故態様 別紙現場見取図のとおり、前記転回路車道から本件市場敷地内に車両等が進入しないように、本件通路の入口付近の道路中央部にA型バリケード(脚部を開いた状態では高さ0.77メートル、幅0.46メートル、長さ1.21メートル。甲七の一)二個と、その間にカラーコーン一個(「セーフティコーン」ともいう。高さ0.80メートルで底部の角材二本が釘で固定されている。甲七の一。以下、前示A型バリケード二個と合わせて「本件バリケード等」という。)がほぼ直線状に設置されており、その位置から本件市場の側に約2.30メートル離れた位置に、東側ガードレール支柱から導流島内の反射板の支柱を経て反対側ガードレールの支柱に至るまで鉄製の鎖(以下「本件鎖」という。)が張られていたところ、JR敷地方面道路から前記転回路車道を通って本件通路に進入する目的でバリケード等の脇を通り抜けて進行しようとしていた一郎が、本件鎖に自己の頸部を引っかけたために転倒した。

2  本件市場は、昭和六〇年一二月一六日の東京都告示第一二九七号に係る都市計画決定に基づいて東京都中央卸売市場大井市場として設置され、本件通路は、同市場の用途に供する施設として築造された施設であり、一般の交通の用に供されることを目的とした道路ではない(乙イ六、七)。

3  原告らは、一郎の両親である。

4  被告東京都は、同被告が開設した本件市場に通ずる敷地内通路を管理する者、被告日伸は、被告東京都から本件通路を含む本件市場の警備を委託された者であるところ、被告日伸の雇用する警備員が本件鎖を設置した。

二  争点

1  本件通路の管理方法の瑕疵

(一) 本件通路に要求される安全性の程度及び本件鎖設置の危険性

(原告らの主張)

本件通路が、一般の交通の用に供される道路(以下「一般道路」という。)ではないとしても、一般道路である前記転回路車道から本件市場利用者を誘引するために設置されていること、前記転回路車道と接着しており、通行者にとってその判別が困難であることからすれば、本件通路には、一般道路に準じて一般通行車両に対してもその安全性が確保されるべきである。

即ち、本件市場に車両が進入するのを防ぐためには、カラーコーンやバリケードを左右の道路端に密着させて単車も通り抜けることができないようにしたり、門や鉄道の踏切のような遮断機を設置したりする等の措置をとれば足りるにもかかわらず、夜間において視認することが困難な本件鎖を設置することは、同鎖が本件バリケード等の脇を通り抜けて通行する単車を引っ掛けてもこれを物理的に阻止し、運転者の身体に対する致命的損傷を与える可能性がある点において危険な施設であり、本件通路の管理に瑕疵がある。

(被告らの主張)

(1) 本件通路は、本件市場用財産であり、市場利用者の利用に供するために築造されたものであるから一般道路ではない。したがって、本件市場の業務終了後、管理者は、交通止めの措置を取ることができる。

(2) 本件事故前には、カラーコーン、バリケードを設置し、さらにその奥(本件市場方面)にロープを張って通行止めの措置をとっていたが、暴走族等がカラーコーン、バリケードを蹴飛ばし、ロープを切る等して本件市場内に進入していた実情があることからすると、本件バリケードのほかに本件鎖を設置したことは、通行止めの措置として適切である。

(3) 一郎の進行方向からは、本件バリケード等が設置されて本件道路が通行止めになっていること、本件鎖が張られていることは容易に視認できる(被告日伸は、鎖の色は黄色であったと主張している。)から、本件鎖は、通常に走行する車両にとって、危険性を有するものではなく、本件通路の管理に瑕疵はない。

(二) 一郎の走行態様の予測可能性

(被告らの主張)

本件通路には、本件バリケード等による交通止めの措置がなされているのだから、通常の運転者であれば当然にその手前で停止するはずである。しかしながら、一郎はこれを無視してその脇をすり抜けて進入しようとしたのであり、本件通路の管理主体である被告らが、このような単車が無謀な運転によって進入してくることを予測することは不可能であり、これに対する安全性を確保することまで法は要求していない。

(原告らの主張)

本件事故前においては、夜間、暴走族等が、本件市場への進入を防止するためのバリケードやカラーコーンを無視して同市場に進入する実情があったのであるから、本件バリケード等の脇を通り抜けて進入する車両の存在を予測することは可能である。

(三) 相当因果関係

(被告らの主張)

一郎は高速度で走行して本件現場に至り、本件バリケード等による通行止めの措置があることに気づき、急制動をかけたが間に合わず、本件バリケード等の間を進入して死亡したものであるから、仮に原告らが主張するようにバリケード及びカラーコーンをすき間なく設置したとしても、本件事故は発生したものであって、本件バリケード等、鎖の設置と本件事故との間には相当因果関係はない。

(原告らの主張)

仮にバリケード等のみが設置され、鎖が張り渡されていなければ時速四〇キロメートル程度のスピードでバリケード等に衝突しても、死に至ることはないし、一郎が急制動の措置をとったのは、鎖の存在を意識したためであり、被告ら主張のバリケード等による通行止めの措置に気づいたためではなく、本件バリケード等、鎖の設置と本件事故との間には相当因果関係があることは明らかである。

2  一郎の過失の評価

(原告らの主張)

一郎の本件事故直前における走行速度はせいぜい時速四〇キロメートル程度であり、一郎に過失があることは認めるが、その割合は五割にとどまる。

(被告らの主張)

本件通路には、交通止めを表示する本件バリケード等と本件鎖が設置されており、いずれも容易に視認できるのだからこれらの施設の手前で停止すべきであるにもかかわらず、一郎は、時速三〇キロメートルの速度制限の前記右転回路車道から時速六三キロメートルを超える速度で本件通路に進入しようとしていたために本件事故が起こったのであるから、一郎の運転は無謀かつ異常である。

3  損害額の算定

(原告らの主張)

(一) 死亡による逸失利益

四一四八万八九三六円

一郎は、死亡当時、都立港工業高校に在学する一七歳の高校生であり、平成元年の男子労働者の企業規模計、学歴計の全年齢平均の年収(四七九万五三〇〇円)を基礎に、生活費割合を五〇パーセント、ライプニッツ方式による現価計算をすると、右の金額となる。

479万5300円×17.304×(1−0.5)

=4148万8936円

(二) 死亡慰謝料 一八〇〇万円

一郎の両親である原告らが一郎の死亡によって被った精神的苦痛及び一郎自身が死亡によって被った肉体的精神的苦痛を慰謝するには、少なくとも一八〇〇万円を要する。

(三) 葬儀費用 一二〇万円

(四) 小計六〇六八万八九三六円

(五) 過失相殺

本件事故における一郎の過失割合は五〇パーセントであるから、これを控除すると、原告らの損害額は三〇三四万四四六八円である。

(六) 弁護士費用 三〇〇万円

(七) 合計三三三四万四四六八円

(被告らの認否)

否認する。

第三  当裁判所の判断

一  前記争いのない事実等に甲七の一、二、甲八、乙イ二、一〇、一一、証人坂下繁雄、同大山彰治の各証言、原告甲野太郎本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  道路の状況

本件事故の発生場所付近は、別紙現場付近全体見取図のとおり、前記港湾道は東西に走り、南北に走るJR京葉貨物線をまたぐために全幅33.70メートルの南部陸橋が設けられ、同陸橋の左右には幅員約7.80メートルの側道がそれぞれ設置され、側道は同陸橋の下部で転回路となっている。側道及び転回路は、最高時速三〇キロメートルとされ、同陸橋の下での最大幅員は約13.19メートルで、国道三五七号線方面から右回りの一方通行路となり、転回路は、同陸橋下で北方のJR敷地方面から来る全幅員約7.35メートルの道路と交差し、さらに、同陸橋下で南方の本件市場方面に向かう幅員約一〇メートルの本件通路と分岐している。本件通路は本件市場との連絡のための通路であり、本件通路と前記転回路と交差する部分の中央には、転回路と本件通路への往き来を容易にするため導流帯と導流島が設けられている。導流島は0.20メートルの縁石によって区画され、導流島内には黄色の反射板とコンクリート製防護柱が馬蹄型に三か所設置されており、また、導流帯は白色ペイントにより区画されて黄色く光チャッターバーが設けられている。本件通路の左右にはガードレールが設置され、車道との境は約0.20メートルの縁石により区画されており、また、本件通路及びその手前の転回路車道の路面はアスファルト舗装されて平坦な形状である。

2  本件バリケード等の状況

本件通路からは本件市場の敷地となり、転回路からの無用の車両の入場を規制するため、本件事故当時、「市場関係者以外の車両入場禁止」を表示する看板(乙イ二の写真3)が、本件通路入口からかなり本件市場側に入った東側のガードレール沿いに設置されていた(後記認定のとおり、同看板は、本件事故後右写真のとおり導流島内に設置されている。)。しかし、右看板が設置されたガードレール沿いは暗いため、夜間において、本件通路手前を走行する車両の運転者が、本件通路に入る前に右看板の存在を認識し、その文面を即座に読解することは著しく困難であった(甲八のC―1、2、5及び乙イ二の1、2の各写真から窺われる明るさの状態により認める)。また、本件市場が閉鎖されている時間帯には、別紙現場見取図記載のとおり、本件通路の入口付近の道路中央部にA型バリケード(脚部を開いた状態では高さ0.77メートル、幅0.46メートル、長さ1.21メートル)二個とその間にカラーコーン一個(高さ0.8メートルで底部の角材二本が釘で固定されている)がほぼ直線上に設置されていたが、西側のA型バリケードの西側脚部が前記導流島側端の延長線上から約2.6メートルの路面の地点にあり、2.26メートルはすき間があった。本件鎖は、銀色で、本件バリケード等から本件市場の側に約2.3メートル離れた位置に、東側ガードレール支柱から導流島内の反射板の支柱を経て反対側のガードレールの支柱に至るまで張られており、東側ガードレール支柱では南京錠で、反射板の支柱では一巻きされて反対側のガードレールの支柱に巻きつけてそれぞれ固定されていた。本件鎖の本件通路路面からの高さは、東側ガードレールの支柱の部分が約0.95メートル、反射板の支柱部分が約1.18メートル、道路中央部の高さが約0.52メートルであり、被害車と本件鎖が衝突したと推認される位置(前記導流島の側端から約0.95メートル)の高さは約0.66メートルであった。本件事故以前には、本件道路の入口付近にカラーコーンとバリケードを設置し、さらに本件市場の側にはロープを張っていたが、暴走族が夜間にカラーコーン、バリケードを蹴飛ばした上、ロープを切断して同市場内に進入し、市場内の通路で暴走行為を繰り返していたために、被告らは、これを防ぐために、平成元年七月下旬ころ本件鎖を設置したものである。

3  事故の痕跡

一郎は、本件事故のあった夜、自宅の東京都大田区西糀谷から直接本件事故現場に向かったものと思われるところ、頭部を別紙現場見取図のの地点に、足はほぼ北方に向けて仰向けに倒れていた。被害車はの地点に車体左側を下にして前照灯を点灯させたまま倒れており、前照灯は下向きの状態であった。の地点に靴の左側、の地点にヘルメット、の地点に財布がそれぞれ散在しており、の地点からの地点に向けて長さ約4.2メートル最大幅約0.6メートルの長短三条の血流があった。被害車が倒れていたの地点にはエンジンオイルが流出していた。

別紙現場見取図記載のとおり、転回路北側から本件鎖に向かって、小砂利をかき分けたタイヤ痕が約11.90メートル印象され、続いて、約2.70メートルのスリップ痕が導流帯の白ペイント上に、本件衝突地点と思われる本件鎖の直下から北方に向けて約1.20メートル離れた導流帯内のチャッターバー(北側から三つ目)まで鮮明に印象され、同チャッターバーから被害車が停止した別紙現場見取図の地点まで約11.50メートルの擦過痕が印象されていた。

被害車のハンドル、ブレーキ、灯火関係には故障が認められなかったが、後部ナンバープレートは折り曲げられていた。損傷部位としては、車体左側、左グリップレバー先端、左ステップ先端に擦過痕、左側ダイナモケースに擦過破損があり、前部カウルと右側カウルの接続部、後部カウルと左側カウルの接続部がそれぞれ外れていた。前部カウルの風防部(透明部分)に下方から上方に向けて長短六本の擦過痕が鮮明に残っており、同部にウィンナー型の擦過痕が一個認められた。これらは路面からの最短の地上高は約1.08メートル、長さは約0.08メートル〜0.025メートルの長さであり、ウィンナー型の擦過痕は約0.025メートル×0.005メートルの大きさであった。

4  照明の程度

本件事故当時の天候状態は晴天、微風であり、夜間に本件事故現場付近を照らす光源としては、前記導流帯上にある頭注街路灯と前記転回路車道沿いのハイウェイ街路灯があった。前記導流島内の反射板は自ら光を発するものではなく、本件バリケード等と前記導流帯との間にある本件鎖が設置された部分の明るさは約七ないし一〇ルクスである(被告日伸は、鎖の色について黄色であったと主張するが、それを認めさせる証拠はない。)。

右認定事実を総合すれば、一郎は、ヘルメットを被って被害車に乗車して港湾道を西側から走行し、本件市場へ入ろうとして側道転回路車道をライトを下向きに点灯させた状態で進行したこと、転回路車道を南向きに走行することとなった直後にA型バリケード、続いてカラーコーンを発見し、かつそれらが本件通路全体に設けられておらず、その脇に隙間があると分かったこと、そしてそこから本件市場に進入できると思って進んでいたが、前記タイヤ痕の北側端の少し手前付近で本件バリケード等の向こう側(南側)に本件鎖を視認し、このまま進行すると同鎖と衝突するとの危険を認識したため、急制動措置をとったが及ばず、被害車は滑走して本件鎖に衝突し、これを押したまま進み、右チャッターバーに衝突し、一郎は前記の地点に転倒し、被害車は左に傾き、擦過痕をつけながら滑走して前記の地点に停止したものと推認することができる。

二  以下、本件通路の管理の瑕疵が認められるかどうか判断する。

1  本件通路の管理について

(一)  本件通路は、本件市場利用者の用に供することを目的とする施設であり、一般の交通の用に供される一般通路としての前記転回路車線とは用途、目的等が異なることから、本件道路管理主体である被告らは、相当な方法で本件通路への無用な車両の出入りを防止するための施策を講じることができることは当然であり、前記本件バリケード設置の経緯に照らせば、被告らが本件鎖をオートバイ等の車両の車高と同程度の高さに設置することによって、オートバイ等の車両が本件市場内に進入することを物理的に困難にするため、本件通路入口付近に本件鎖を設置したこと自体は、必ずしも不相当な措置とはいえないものと考えられる。

しかしながら、前記転回路車道と本件通路との位置関係、進入禁止の看板が運転者からみて十分理解されるようなものでなかったこと等を総合すると、同通路がその手前の一般道路である前記転回路と同様の外形的形状を有しており、本件通路を一般道路と認識して、A型バリケード等の設置も一般道路上においてなされるのと同様の規制と考えて走行する車両も存在し得るのであるから、被告らとしては、本件通路入口付近を走行する車両に対し、同通路が前記の目的を有している、一般道路とは異なるものであることを十分に告知すべきであるということができる。しかるに、前示のとおり、進入禁止の看板が見にくい位置に設置されており、その告知が十分でなかったと言わざるを得ないのであって、このような客観的な道路状況からすれば、本件通路を管理する被告東京都は、一般道路と同様、大田市場を利用する目的で通行する車両のみならず、一般通行車両に対してもその安全性が確保されるような方法によって、本件市場への車両の進入を防止するような措置をとらなければならないものと解される。

(二)(1) この点、被告らは、本件バリケード等が本件鎖の手前に存在すること及び本件事故現場においては本件鎖を視認することは十分可能であることから、車両の運転手は本件鎖に衝突する前に停止して危険を回避することができ、本件鎖が本件通路を通行しようとする車両の運転者にとって危険なものとはいえない旨主張するので、この点について判断する。

(2) 前記認定の道路状況、照明の程度のほか、甲七の一、二、甲八、乙イ二、三の一、二、証人坂下繁雄、同大山彰治の各証言によれば、東京都建設局作成に係る道路工事設計基準によると、歩道の路面の基準照度について、一時間当たり三〇〇人以上の歩行者のある市街地部では一〇ルクス、住宅街部では七ルクス、三〇〇人未満の歩行者のある市街地部では七ルクス、住宅街部では五ルクスを確認すべきものとされていること、本件鎖の色は、夜間には視認しにくい普通の銀色っぽいものであり、視認容易な黄色又は螢光色ではなかったこと、本件通路の入口付近に本件通路の進入を阻止する目的で設置されていた設備は本件バリケード等と本件鎖のみであったこと、本件鎖の存在を通行車両に対して警告する方法がとられていなかったこと、警察が平成元年八月一二日午後一〇時二〇分から同一一時三〇分まで停止した状態にある一般人が、本件事故当時と同様、夜間、晴天、微風の天候の下でオートバイの前照灯を点灯させずに、事故当時と同様に設置されたA型バリケード、カラーコーン、鎖を視認できるか否かを調べたところ、本件衝突地点から三〇メートル離れた地点でA型バリケードを視認でき、二〇メートル離れた地点でカラーコーンと反射板を視認でき、一〇メートル離れた地点で注意深く見通すと本件鎖を視認できる状況であったこと、本件事故後、夜間には本件通路にA型バリケード及びカラーコーンがすき間なく置かれ、「本日通行出来ません。東京都」などの掲示がなされ、平成四年二月頃までに導流島内に「市場関係者以外の車両入場禁止。東京都」との看板が設置されたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3)  以上の認定事実によれば、本件バリケード等は進入禁止を表示する施設であっても、その後方に本件鎖が張られていることを予告し、車両の運転者に対して警鐘を促す機能を持っていないことが認められるから、本件バリケード等の存在をもって、本件鎖の危険性を失わせるに足りるものとはいえない。また、本件事故現場付近は少なくとも歩道の基準照度を充足する程度の明るさがあり、歩行者であれば、一定の距離に近づくことにより本件鎖を発見することは可能であるとしても、走行する車両を運転する者が、かかる歩道の基準照度を満たしている状況の下で自車の前照灯を点灯させていれば、本件鎖を十分安全な停止距離を置いて発見し、制動措置等を講じ、衝突の危険を回避することができるものと推認するに足りる証拠はないから、被告らの右主張は採用できない。

(三)  これらの点を総合すると、本件鎖を前記のような方法で設置することは、本件道路を通行する車両にとって危険であることが認められる。

2  一郎の走行態様の予測可能性について

(一) 一般の通行の用に供されていない通路への車両の進入を阻止するために鎖を張り、その前方にバリケード、カラーコーンを設置することによって、一般に、車両の運転者は、鎖を視認することができなくとも、右バリケード等を視認することができれば、この施設が通行する車両に対して停止を求め、これより先への進行が許されていないと認識するのが通常であり(運転者が停止を求められる措置に対して疑問を持ったとしても、一旦停止して、右バリケードが設置されている理由について確認しようとするのが通常である。)、右バリケード等を認識しながら、あえてこれを無視してその横を通過したり、これを取り払ったりして進入しようとする車両があるとすれば、それは、もはや通路管理者にとって一般的に予測できない事態であるということができる。

(二)  しかし、前記認定判断のとおり、本件通路は、一般道路である転回路と連続していて、車両を運転する者にとっては、一般道路とは何ら区別もつかないような状況であり、道路中央部分にバリケードやカラーコーンが設置されていれば、その部分の先には穴、ひび等通行に支障を来す部分があるとして当該部分を通行することはないとしても、バリケード等の設置されていない部分の通行が可能と認識することもあり得るのであり、また、本件通路について全面通行禁止の看板も表示されていなかったのであるから、この点において、既に被告らは、一郎のように走行する車両が存在することの予測が可能であったといわなければならない。また、前記認定のとおり、本件市場では、本件通路を管理する被告らがバリケードやカラーコーンを設置し、ロープを張ることによって、車両等が本件市場に進入しようとするのを阻止しようとしたものの、暴走族がこれを無視して進入していたという実情があったため同年七月下旬ころ鎖に変えたのであり、本件バリケード等を設置したとしても、これを無視してその脇をあえて通過して本件市場に進入しようとして本件通路を走行しようとする車両が存在し得ることが予測することができたとも言うことができる。したがって、被告らは、かかる車両の存在を予測し、本件鎖に気付かずに進行し、気づいたときにはもはや衝突を回避することができなくなる危険性を想定した上で本件市場に進入する車両に対する対策をとらなければならなかったといわなければならない。

3  相当因果関係について

被告らは、一郎が、本件バリケード等による通行止めの措置があることに気づき、急制動をかけたが、間に合わず、A型バリケードとカラーコーンの間を進入したと主張するが、前記のとおり、一郎はA型バリケード及びカラーコーンを発見し、かつそれらが本件通路全体に設けられておらず、その脇にすき間があると分かったので、そこから本件市場に進入できると思って進んでいたが、前記タイヤ痕の北側端の少し手前付近で本件バリケード等の向こう側(南側)に本件鎖を視認し、このまま進行すると同鎖と衝突するとの危険を認識したため、急制動措置をとったものであり、本件バリケード等及び鎖の設置と死亡との間に相当因果関係があることは明白である。

4  結論

以上の検討結果によれば、本件鎖の設置方法には瑕疵があり、右瑕疵の結果本件事故が発生したというべきであるから、被告東京都は国賠法二条一項に基づき、被告日伸は被告東京都から本件市場の警備を委託され、被告日伸の雇用する警備員が本件鎖を設置したので民法七一五条に基づき、それぞれ一郎に生じた損害を賠償すべき責任がある。

三  一郎の過失

1  被害車の急制動直前の速度

(一) 被告らは、被害車の急制動直前の速度が時速六三キロメートルである旨主張し、原告らは時速四〇キロメートル以下である旨反論するので、この点について判断する。

(二) 乙イ四の一の計算方法は、加速後の速度の二乗と加速前の速度の二乗との差が、加速度と走行距離を掛け合わせた数値を二倍したものに等しいという公式をもとに、路面に残された擦過痕を手掛かりに①被害車が本件鎖と衝突した時の速度(時速47.41キロメートル)を求め、次に、スリップ痕、タイヤ痕を手掛かりに②被害車が制動措置をとる直前の速度(時速63.39キロメートル)を求めたものであるが、路面に残された擦過痕の始点=スリップ痕の終点の位置が前記チャッターバーであるのに、これを本件鎖との衝突地点であるとしている点で相当ではない上、①の速度を求める過程において、鎖との衝突後車体の停止までの距離を14.75メートルとしている点(右距離は本件鎖の中央部の下の路面と被害車との距離であり、被害車は鎖と衝突後も進行し、前記チャッターバーに衝突して左に傾いた状態で最終停止地点まで路面を滑走した距離は約11.5メートルである。甲七の一)、②の速度を求める過程において、本件鎖との衝突前の路面の摩擦係数を0.53としている点(この基となった乙イ四の四の「オートバイの制動摩擦係数」の数値が、アスファルト上に小砂利のある特殊な状況を考慮した数値であるか否か不明である上(証人坂下)、小砂利のある状態とない状態のそれぞれの摩擦係数を一律にして算出することは相当ではない。)で、右計算方法によって得られた被害車の急制動直前の速度は直ちに採用することはできない。

(三) 甲九は、前項と同様の計算手法に基づき、本件鎖との衝突前の路面の摩擦係数を、単に砂利が存在することを前提とした数値(0.4)を採用して急制動直前の速度を時速五四キロメートルと計算したものであるが、アスファルト上に小砂利がいくらか存在していたので、そのままでは採用することはできないが、前記認定に係る本件事故現場付近における一郎の所持品の散乱状況、一郎及び被害車の停止位置のほか、甲六、八、一二、原告甲野太郎本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、一郎は、昭和六二年一二月二三日に自動二輪の免許を取得し、高校三年生として全日制の高校にほとんど毎日通学していたのに週に五回程度も夜間に一、二時間被害車を乗り回して遊んでいたこと、後部のナンバープレートを折り曲げてナンバーを見えにくくした状態で走行していたこと、事故現場に置かれた寄せ書きには「おまえが一番速かった」「天国でもおもいっきり走れよ」等と記載されており、一郎が普段から相当スピードを出して走行していたと認められること、他方、前示推認のとおり一郎は側道から転回路を進行して本件通路に進入しようとしたのであり、側道が下り坂であり、転回路も相当小回りをする必要があることから(乙九の写真①②により認める。)、その道路状況からすれば高速運転が困難であること等を考慮すれば、甲九に示すのと近い速度である時速約五〇キロメートルの速度で走行していたものと推認される。

2  前記認定事実によれば、一郎は、事故直前において、前記転回路車道が時速三〇キロメートルに速度制限されているにもかかわらず、同車道を本件市場に向かって時速五〇キロメートルの速度で走行していたのであり、本件バリケード等を視認していたにもかかわらず、これを無視してあえて本件市場方面に進入しようとしていたこと(このような走行態様からすると、一郎は、本件通路がどのような場所に通じているのかを以前から知っていたと考えられるから、本件道路の先が夜間には進入が禁止されている本件市場であることを知りながらあえて進入を図ったものと推認することができる。)、他方、本件市場には門がなく、本件市場の敷地内通路で暴走族が暴走行為を繰り返していた実情を鑑みると、本件市場を管理する被告らが本件通路の入口付近で車両の進入を阻止する必要性は高かったと考えられること及び前示の本件鎖及び本件バリケード等の設置方法を総合的に勘酌すると、本件事故における一郎の過失割合は、八〇パーセントとするのが相当である。

四  損害について

1  死亡による逸失利益

甲六、原告甲野太郎によれば、一郎は、本件事故当時東京都立港工業高校自動車科の三年生に在学していたことが認められ、本件事故に遭わなければ右高校を卒業して満一八歳から六七歳に達するまでの間、稼働することができたと推認することができるので(なお、一郎が同高校卒業後に大学又は専門学校等に進学する蓋然性が高いことを認めるに足りる証拠はない。)、一郎の逸失利益の算定に当たっては、賃金センサス平成元年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高卒・全年齢平均年収額(四五五万二三〇〇円)を基礎とし、生活費控除率を五〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、右期間における一郎の逸失利益を算定するのが相当である。

よって、一郎の逸失利益は以下のとおりとなる。

455万2300円×0.5×(18.3389−0.9523)

=3957万4509円

2  死亡慰謝料 各八〇〇万円

本件事故の態様及び一郎の損傷部位、年齢、家族関係(原告らには一郎のほか次男二郎がいるが(甲一)、原告らと同居していたのは一郎のみである(原告甲野太郎))、その他本件に現れた一切の事情を斟酌すれば、原告らが本件事故により一郎を失ったことによる精神的苦痛を慰謝するためには、一六〇〇万円(原告ら各八〇〇万円)をもって相当と認める。

3  葬儀費用 一〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、一郎のために葬儀を営んだことが認められるが、本件と相当因果関係のある葬式費用としては一〇〇万円(同五〇万円)をもって相当と認める。

4  相続及び小計

原告らの損害は、前記第1項の一郎の損害(逸失利益)については、原告らが各二分の一宛相続したので、各一九七八万七二五四円となり(小数点第一位以下は切捨て)、これに原告ら固有の損害である前記第2、第3項の金額を加えると、各原告らの損害額はそれぞれ二八二八万七二五四円となる。

5  過失相殺

前示のとおり、各原告らの損害額について過失相殺として八〇パーセントを控除すると、各五六五万七四五〇円となる。

6  弁護士費用 各六〇万円

本件訴訟における弁護士費用としては、各原告らについてそれぞれ六〇万円と認めるのが相当である。

7  総計

以上を合計すると、原告らの損害額はそれぞれ六二五万七四五〇円となる。

なお、被告東京都の申立てに係る仮執行免脱宣言は相当でないからこれを付さないこととする。

(裁判長裁判官南敏文 裁判官大工強 裁判官渡邉和義)

別紙現場付近全体見取図〈省略〉

現場見取図〈省略〉

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